未踏ユース現役生に贈る言葉

未踏ユースには、分野をまたいだ横方向のつながりを作るために未踏ユース採択者が一堂に介して「自分はこれから何々をする!」と発表しあう「ブースト会議」がある。そして、各年度ごとの横のつながりを作るだけではなく、縦にもつながりを作って網目を作ることも重要だ。だから例年何人かのOBが呼ばれて発表をすることになっている。僕も未踏ユースの1期生(平成14年)として、なんども参加させてもらった。

ところがだ、当然ながらOBの数はどんどん増加する。時間は有限だ。会場も有限だ。どうしても初期のように時間制限無し・人数制限なしで自分がやったこと、今関心を持っていること、現役生に伝えたいことを発表する、ってのが難しくなってくる。そこで気づいたんだが、本当に「発表」というフォーマットである必要はあるのか?

年度をまたいで未踏ユース採択者同士のつながりを作る、という目的のためには発表である必要はない。伝えたいことを伝える、という目的のためにも発表である必要はない。

そしてもう一点。「未踏ユースの採択者」に限定する必要もない。たしかに未踏ユースに独特の内容なんかもあるので誰にでも当てはまるというわけではないけれど、「未踏ユースの採択者」に閉じてしまう必要性はないんじゃないかな。二年間「セキュリティ&プログラミングキャンプ」(セプキャン)の講師をして、強くそう思うようになった。セプキャンの参加者で後に未踏ユースに応募した人も何人もいるしね。別々のコミュニティなのではなく、緩やかにつながり合っている大きなコミュニティの中のちょっと濃い部分なんだ。ならば間に境界線を引く必要ってないじゃない。

そういうわけで、今年は発表をする代わりにブログに書くことにした。

自己紹介

初年度(2002)未踏ユースOB。現在はサイボウズ・ラボ株式会社に勤務。セキュリティ&プログラミングキャンプの講師をしたり、それつながりで最近「言語設計の基礎知識」という特集記事を書いたりしていた。

伝えたいこと

自分が8〜9年前に未踏ユースをやったときにはいろいろなことが見えてなかったことや、なんか。

A: 人の意見を聞くのと、人の意見に従うのは違う

最初にいう必要のあることはこれだろう。みんな色々「こうした方がいいんじゃない」「あれはダメだよ」などと言うけど、それは「この意見に従え」って意味じゃない。むしろそういう意見を受け入れて軸がぐらぐら揺れていると「大丈夫かこいつ?」と感じる。僕らOBは(と勝手に代表したらダメか、少なくとも僕は)そういう意見を受け入れて欲しいのではなく、それを自分の持っている軸と照らし合わせて「その意見は間違いではないですが、自分はこういうビジョンなので反対です!」とか「あなたは理解していない!そのアイデアではこういう問題がでる!」とか反論が返ってくることを期待している。イエスマンなんかに価値は感じない。

なんでこれを最初に持ってきたかというと、ここに書いてあることももちろん意見に過ぎない、ってちゃんと理解して欲しいから。「ご高説賜りました〜」という反応なんか全然期待していない。

B: ゴールは死ぬ時だ

大学合格がゴールではないように、未踏ユースの採択もゴールではない。ま、さすがにそれはわかってるか。わかってるよね。ところが、未踏ユースの成果報告もゴールではない。だってその時点ではまだ君は国から300万くらいもらって自分が作りたいと思うソフトウェアを作っただけじゃない。いつそれを返すの?

現金で返せとは思っていない。その代わりに、経験や自信、同期とのつながりにコミュニティ、そういったものを作ることで、もらった金額以上のものを社会に対して還元するべきだ。どういう形げ還元するべきかは各自が考えること。それぞれ得手不得手があるだろうし。

さて、その還元はいつ終わるのか?これは誰も正確に測れないのだから自分が返し終わったと思ったらやめたらいい。ただ、少なくとも僕に関しては、未踏ユースに採択されたことをきっかけとして得たものは、未踏ユース期間にお金として得た額より、終わったあとに得たものの方が圧倒的に大きい。そして現在進行形で増え続けている。今後も増え続けるんだとすると、一生かかっても返せないだろうな。だからゴールは死ぬときなんだ。

まあ、これは「借りたものは返す」という発想のない人向けに釘を指しているだけなんで、あんまり思いつめることはないけどね。

C: 検索可能な形で記録を付けること

検索可能な形で記録を付けること。10年後の自分が見てもわかるように。きっと採択者の中には学生も多いことだろう。開発するだろ、それから修論とか卒業制作とか就職活動に追われるだろ、入社して新しい環境に溶け込むためにじたばたするだろ、さてふと気がついたときには何をどこまでやったのか、次に何がしたかったのか、ぜーんぶ忘れてしまっている。なんとももったいない。

これはひとごとじゃないんだ。一体僕はいくつのプロジェクトを「しばらく触れないうちに忘れてしまい、再開するためのハードルが高くなって、新しい方に目が移ってしまう」という理由で殺してしまったことか…。

きちんと整理されたドキュメントをメンテナンスするのは大変だろう。だからこそ最低限のラインとして日々思ったことなどを日付とセットで検索可能なデジタルデータにしておくといいんじゃないかなー。

D: 成果を発表すること。なんどでも。Web公開すること。英語で。

もちろん義務として開発期間終了後に成果発表の機会は用意されているが、なんどでも発表したらいい。それから、公開して問題のない情報はどんどん公開した方がいい。(ビジネスや特許の関係で公開できない等の場合を除く)

情報発信しない人に典型的な考え方が「これが情報発信するほどのものかわからない」だと思うんだけど、それっておかしくない?行動するか行動しないか決断できないから行動しないの?明確な理由なしに?「これが情報発信するほどのものかわからない」って、いつになったらわかるようになるの?いつになってもわからないんじゃないか?

情報発信の内容を厳選していると、反応が欲しくて発信したのに意外と反応がなくて落ち込む。そしてなおさら情報発信の精神的ハードルが高くなる。常日頃から情報発信していれば、意外なものに反応があって喜ぶ。そして情報発信が楽しくなる。

「Webで」というのは、誰かが他の人に「面白いものがあった」と伝えるときにURLがあれば楽だから。たとえばRubyの可視化とかね。「英語で」はもちろんその方が読める人が圧倒的に多いから。僕の経験談だと日本語で公開してもイマイチ反応がなかったものが英語で公開していたらロシア語のページから言及されたりとかね。あと英語のタイトルをつけてYouTubeに動画を載せておくと意外とコメントが付いたりね。種を撒いておくと、予期しないタイミングで目が出たりして面白いもんだよ。


さて、そういう活動をしているとネガティブなメッセージをぶつけてくる人もいる。そのネガティブなメッセージに有益な情報が含まれているのか、単なる感情的な反発なのか見分けにゃならん。で、特に有益な情報のないメッセージが降ってくることはよくある。それはそういうもんだ。夏に夕立が降るのと同じくらい、そういうもんだ。だから気にしないのが一番。空に向かって反論したり文句を言ったりしても意味が無い。スルー力が重要。

E: コミュニティ

さて、なんで未踏ユースでは開発者を一同に集めてブースト会議をしているかというと、僕の解釈では異業種のクリエイティブな人たちの間にリンクを張ってネットワークを作っておくことで将来シナジーが起きることを期待しているんだと思う。だからみんな他の採択者と採択期間が終わってもコミュニケーションしてね。

とはいえ、誤解している人も多いようだけど僕はコミュニケーションが苦手だ。知らない人と話すのも苦手だ。そもそも音声を使ったコミュニケーションがあまり好きではないから電話とメールの両方の選択肢があったらメールを選ぶタイプ。だからといってコミュニケーションを諦めるべきではない。ツールは色いろある。メーリングリストなりSkypeなりIRCなりTwitterなり。


コミュニケーションが重要であるもうひとつの理由。未踏ユースをやっていたころ、僕は自分自身のスキルを高めることや分野を広げることに執着していた。しかし、学生じゃなくなって自由に使える時間が減ってから分かったのだけど、人間の時間とか体力は有限だから自分一人で全部やろうとしているとあんまりパフォーマンスが上がらない。プログラミング言語でいうなら、自分という一つのクラスにたくさんのメソッドを全部実装するのではなく、自分よりうまく実装されているクラスへの参照を持つ設計のほうが効率がよい。例えば、税務とか青色申告とか詳しくない人のほうが多かろう。それを自分で学ぶのも悪いことではないが、OBの中には詳しい人間もいっぱいいるわけなので頼ってもいいじゃん。こういうのは逃げやタダ乗りではなくて、そういう関係が持続可能であるためには当然自分の側からも相手に提供できる何かがなくてはならない、そういう価値の交換によってお互いを高め合う関係をつくろうという話しね。

だから、苦手でも未踏の期間だけは頑張ってコミュニケーションをとってごらんよ。

最後に

時間をかければ他にも色々言いたいことは湧いてくるかとは思うが、とりあえずもうすぐ懇親会だしここらへんで投稿しておこう。