作りたいもの: 専門家の考える「よい状態」を実現に近づけるシステム

増井さんの作りたいものリストを作ろうというスライドを見て「確かに『いつかやる』リストに入れてるだけじゃ発展しないから、公開しても問題ないものは公開したらいいなぁ」と思ったのでやってみました。今回は早々に「自分がやることではない」と捨てて、リストに書いてすらいなかったことなのですが、公開するべきだと判断したので公開しておきます。

背景

今日の高木先生の日記(高木浩光@自宅の日記 - 「個人情報」定義の弊害、とうとう地方公共団体にまで)

現行個人情報保護法の「個人情報」の定義に不備があることを、これまでずっと書き続けてきた。「どの個人かが(住所氏名等により)特定されてさえいなければ個人情報ではない」(のだから何をやってもよい)とする考え方がまかり通ってしまいかねないという危機についてだ。

(中略)

私にできることはここまでです。ここから先は私の役割ではないと考えています。必要だと思われる方々で行動して頂くほかありません。昨年夏以来、次々と登場する事案に、私的な時間のほとんど全てを費やしてきましたが、そろそろ限界を感じています。「もしここで自分が書かなかったら」「そのままスルーになってしまうのではないか」そういう想いでこれまで走り続けてきました*4が、いったいいつまで続くのでしょう。私個人の行動ではなく、社会の仕掛けによってこれまでの各種問題が解決されていくようになっているべきです。欧州や米国に見られるような仕組みが早く日本にも確立されることを願ってやみません。

今朝の自分のツイート

高木先生があまりにパワフルだったがために、高木先生に任せておけばいいやと思ってしまった。それはいわば一人の有能なエンジニアが必死で消火しているおかげで大炎上しないプロジェクトのような状態だったのか。一人に負荷を押し付けないシステムづくりが必要、と。

反省

かつて僕も別件について「これは高木先生がやればいい」「高木先生が適任」「高木先生がやるべき」と考えたことがあった。今回の高木先生の日記を見て反省した。

HiromitsuTakagi:
そろそろ、メールアドレスの到達確認の前にID・パスワードを登録させるサービス(メールアドレスの誤登録防止措置がない)は、個人情報保護法の安全管理措置義務違反(個人情報を送る場合)及び、現行不正アクセス禁止法第五条違反(パスワードを送る場合)というコンセンサスを確立すべきときでは。


nishio: @HiromitsuTakagi 気をつけるべきことのチェックリストを作って公開し、既存のサービスをいくつかそのチェックリストで格付けしてやれば、みんな悪い格付けにされることを恐れてチェックリストを守ろうとするのでは?

https://twitter.com/#!/nishio/status/188918927970144256

格付けシステムの必要性

専門家・エンジニアが「よい状態」と考えている方向に、社会が動こうとしないのはなぜか?それは専門家の「なにがよい状態か」という判断基準が、ものごとの舵取りをしている専門外の人と共有されていないからだ。

いま、例えばいろいろな企業がプライバシーポリシーを明文化して公開している。これはよい状態だ。でも、もしプライバシーマーク制度がなかったら、それらの企業は「プライバシーポリシーを明文化して公開する」という選択をしただろうか?プライバシーマークという格付制度の存在によって「プライバシーポリシーが明文化される」という「よい状態」に近づいたのではないか?

専門外の人に「なぜそれは悪か」を理解せよといっても、前提知識が欠けていて高い教育コストが掛かる。社会を「よい状態」にするために、「なぜ」の理解は必須だろうか?「なにが悪か」の客観的に検証できるリストがあればよいのではないか?

「なにが悪か」のリストを作って公開し、それに基づいて対象を格付けしてやれば、社会がよりよい方向に進むのではないか?

僕の間違い

そこまで考えた僕は「これは僕ではなく高木先生がやるべき」と思ってしまった。理由は簡単、リストの内容の正しさを担保するためには、その分野で有名で信頼のある専門家が作るのが一番手っ取り早いからだ。

そして暗黙にもう一つの理由があった。僕の勤務先の親会社は、企業に対してソフトウェアを売っている。他者企業が作るウェブサービスに対して勝手に格付けをする行為は、回りまわって親会社に対する苦情や契約解除を盾にした脅しなどのめんどくさい現象を引き起こすことが予見できた。だから「自分ではできない」と判断した。この判断は今考えると甘ちょろいものだった。もし本気でやる気があるなら会社を辞めるなりなんなりいろんな選択肢はあったはずだ。だから突き詰めると「それほどのやる気はなかった」と言うしかないだろう。カッコ悪い。

そうやって自分のアイデアを自分で実現することから逃げたことで、その「リスト」の作成、公開、いろいろな形の圧力に対処するコストを全部高木先生に押し付けようとしてしまったわけだ。

昨日今日と、樋渡啓祐市長が高木先生に対して「上司に働きかける」「国会議員に働きかける」などの圧力をかけているのを見て、独立行政法人に勤めていてもその手の圧力と無縁ではないことがわかった。「高木先生がやるべき」という発想は明らかに間違いであった。

ならばどうすればいいか?

判断主体の不透明化

判断主体をなくしてしまうのは一つの手だ。「それが悪であるという考えが多くの専門家のコンセンサスである」という説得の仕方はどうだろうか。

そもそも、例えば高木先生が「これはよい、これは悪い」と主張しても、専門外の人はどれがその人だけの意見であって、どれが多くの専門家の間でコンセンサスとなっている意見なのかを判断できない。

専門家は自分の意見が正しいことの担保のために「これは『Xという理由で』悪い」と理由を強調してきた。しかし、説得対象が理由の理解をしようとしないのであれば、その選択肢は諦めるしかない。「理解しようとしない」となじっても何も進展しない。

「それが悪であるという考えが多くの専門家のコンセンサスである」という説得を行うにはどうすればいいだろうか。すでにある方法としては業界団体や学会などの提言だろう。一方で個人的には、集合知によってその「悪のリスト」を作ることができないか関心がある。

集合知の課題

作られた「格付けリスト」の社会的な信用がある程度高まれば、そこに判断主体として参加することは自分の専門知識をアピールすることになるから顕名でも参加者が増えて正のフィードバックが始まる。しかし、そこに到達するまでが問題だ。

まずリストを投稿する人が集まらない問題がある。匿名では自己顕示欲には繋がらないから、おそらく正義感が主要なモチベーションになると思われる。正義感を持った専門家が、十分な人数集まるだろうか。

もう一つの問題は、質が担保できるかどうかだ。正義感に燃えているからといって、その主張が適切であるとは限らない。善は主観なんだ。では「これを悪だと考えるエンジニアが89人中78人います」のような人数による重み付けはどうか?これもうまくいかないだろう。頭数を稼ぐのは簡単だ。であれば、行った判断の正しさによって、投稿者・投票者が重み付けされる必要がある。この「彼の判断は正しい」という判断自体が正しいかどうかもまた不明だ。

難しいけども不可能ではないと思う。GooglePageRankアルゴリズムによって機械的にウェブページの格付けを行ったように、個々の投稿者の判断がどの程度信頼出来るものか、個々の「これは悪である」という投稿がどれほど支持されているものか、を機械的に格付けできるアルゴリズムが存在するのではないか?それを使って特定の個人を判断主体にしないまま、実用的な価値を持った判断を行うシステムが作れるのではないか?

まとめ

昨日まで全くやる気がなくて放置していたので具体的なアルゴリズムなどには考えがいたっていません。具体的じゃないアイデアですみません。実現しないアイデアに価値なんかないので、この文章はほとんど無価値です。それでも、このまま公開しないで放置するよりは、公開したほうが社会のためにプラスになるだろうと判断しました。