焼畑農業をやめるために---新卒準備カレンダー 2011春

Brush Fire
by Lior Shapira under CC BY-NC-ND 2.0

このエントリーは新卒準備カレンダー 2011春という、みんなで仕事に関して自分が考えることなどをエントリーに書いていく企画で書かれたものです。

渋川さんの話を聞く会のつもりが、なぜかいつの間にか名前入りで「新卒準備カレンダー 2011春 : ATND」を作られていたので、空気を読まずに農業の話をします!!

お前だれよ?

西尾泰和と申します。サイボウズっていうグループウェアの会社のサイボウズラボっていう研究部門子会社で、まあ研究とかをしています。一番最近のアウトプットはこのブログの右サイドバーに出ている「 Amazon.co.jp: WEB+DB PRESS Vol.60」で「言語設計の基礎知識」という特集を書いたことかな。そうそう、3年くらい英語版のプロフィールページしか更新していなかったら3年前の日本語版を最新版だと勘違いしている人に出会ってしまったのでついこの前日本語版を更新しました。詳細はこちら→西尾泰和

焼畑農業とは?

焼畑農業をご存知でしょうか。

焼畑農業 - Wikipedia

まあ簡単にいえば森を燃やして、その灰を肥料や土壌改良材として使って農業をして、灰の効果がなくなったらその土地は放棄して別の森を燃やしに行くっていう農業スタイルです。昔むかしの人間が少なかった頃は、他の森を燃やしている間に最初の森が復活したんでしょうね。人間が増えた今となっては、森林を食いつぶしてどんどん砂漠化が進む一方。そんなことを続けていても未来がないことくらい少し考えればわかりそうなもんですが、目先の利益しか見えないんですかね。なんと愚かなことでしょう。

最近見かけたTweetについて

詳しい文面は忘れてしまったのですけど、だいたいこんな感じ:

費用対効果を追求している会社では、社員が「自分の費用対効果」を考え始める。すると社員は自分の仕事をできるだけ少なくするために他人に仕事を押し付け始め、結果的に顧客満足度の低下などを起こして首を締める

ええっ、同じ給料をもらいつつ仕事を他人に押し付けたら「費用対効果」が上がるだって?ああ、ごく短期的な目先の事だけ考えるとそう言えなくもないのか…。しかしそんなことを続けていても会社としての生産性が下がるだけ。競合他者に食われるか、顧客に逃げられるか、そして業績悪化の煽りを食って自分がリストラされるか、なんにせよそんなことを続けていても未来がないことくらい少し考えればわかりそうなもんですが、目先の利益しか見えないんですかね。なんと愚かなことでしょう。

会社とは?

あなたはなんで会社に雇われているのですか?総務省統計局の労働力調査によれば全就業者のうち雇用されているのは88%に過ぎません。8人に1人は会社に雇われる以外の方法で仕事をして、生きて行くための生活費を稼いでいるわけです。あなたはなんで会社に雇われているのですか?

まあ厳しい言い方をするなら、自分で「生活費を稼ぐ方法」を考え出すことのできなかった人が、会社に「私は価値を提供することができる!だからお金をください!」ってアピールして、まだ何が生み出されるのかもわからないのに先払いで買ってもらったってことですね。野菜とか世の中の大部分の商品は、価値のある商品ができてからそれを買ってもらうというのに、会社はなんとも太っ腹ですな。価値を生み出せそうってだけでお金を払ってくれるんだから。

会社を維持するためには、あなたに払う給料の他に、あなたの机やオフィスの賃料など色々な費用がかかります。大雑把に言って、あなたを雇うことで会社はあなたの給料の2倍の額を支払っているらしいです。ということは最低限自分の給料の2倍以上の額の価値を生み出すことができなければ、会社という畑はどんどん砂漠化するってことですね。畑は耕して水をやり豊かにしなければいけない。水やりをせずに作物だけ摘みとるなんてことを繰り返していては荒れ果ててしまうわけです。

価値とは?

価値ってなんでしょう。明確に定義されているもんではないですが、まあ会社がお金を得るために必要なものです。例えば営業の人が交渉を行い、結果として何千万円の契約をゲットする。この「交渉によって作られた顧客の『買おう』という気持ち」は会社がお金を得るために必要で、営業の人は会社にそれを提供してかわりに給料をもらう。これを「会社に価値を提供して対価をもらう」と表現しています。営業はとてもわかりやすい、活動の結果がすぐお金になるから。でも仕事の内容によっては直接的にはお金にならない。例えばサポートの人が顧客からの電話に丁寧に答えたからと言って、その行為に対して直接的にお金がもらえるわけではありません。ここでは「丁寧なサポートによって作られた顧客の満足度」が価値です。

会社が買っているのは時間ではなく価値です。価値の評価は難しいので、会社は「仕事1時間あたり何千円ね」とか「年間で何百万ね」っていう買い方をしているけども、本当は価値に対して適切な対価で買いたいのです。10時間だらだらと仕事をして1単位の価値を作り出したAさんと、8時間真面目に働いて役に立つ価値4単位と見当違いで全然役に立たない価値4単位を作ったBさんと、3時間だけ働いて30単位の価値を作ったCさんがいたら、本当は1:4:30の割合で給料を払いたいのです。それをやるとAさんの賃金が法定最低賃金を下回ってしまったり、Bさんのモチベーションが下がってしまったり、そもそも価値が「何単位」と正確に測れるものでなかったりするからできないのです。

価値を増やすには?

自分が会社に提供している物が「時間」だと思っている人は工夫の余地が無いですね。だってスケールしないんだもの。残業してちょっと増やすことはできるけど、10時間働いている人が倍の20時間働くなんてのは長続きしないですから。

しかし価値の生産速度は増やせます。たとえば、どうすると失敗するか学習して成功率を上げる。もっと速いマシンを買う。もっと効率のいいツールの使い方を覚えて生産性を上げる。打ちやすいキーボードを買う。そうやって価値の生産速度が1.5倍になったとすれば今まで8時間で8の価値を作っていたところが12になるわけです。つまり労働時間を増やすことなく、1日あたり4単位の価値が生み出されるのです。この「生産速度をあげる方法」自体もメタな価値だと言えるでしょう。

勉強会という錬金術の場

「生産速度をあげる方法」は大きく二つに分かれます。「道具」と「知識」です。知識はとても特殊な資源です。他の資源と違って、知識は複製可能です。他の資源は人にあげると自分の手持ちが減りますが、知識だけは減りません。つまり与えれば与えるほど価値の総和が増えるのです。

この企画自体がもともとコミュニティから立ち上がったということもあるので、多分僕以外にもコミュニティとか勉強会とかをすすめるエントリーを書いている人がたくさんいることでしょう。でもそこが何をする場なのかあんまり言語化されてないんじゃないかな。まあもちろん人によって多少の違いはあるとして。

僕の知っている勉強会では例えばこういう会話がなされます:「え、Eclipse使ってるのにCtrl+1を知らないの?!」「それPlaggerでできるよ」「なんで管理画面必要ないのにDjangoを使ってんの、そのニーズだったらFlaskで十分でしょ」「最近ポモドーロが面白くて…」などなど…。つまり知識の交換です。お互いに自分の持っている知識をコピーして与え合うことで、みんなで自分の価値を高め合う場、それが勉強会です。IT産業って知識による生産性向上効果がやたら高い業種なんですよね。この錬金術を知らないなんてもったいないですよ。

参加してみたい気持ちになってきましたか?じゃああえて否定的なことをいいましょう。「よーし、僕も勉強会に参加して色々教えてもらおう!」だと?!だからそれが焼畑農業だということになぜ気づかないんだ!なぜ取ることばかり考える?「交換によってお互いに高め合う」って言ったじゃん!あんたが一方的に取っていったんじゃ交換にならないでしょうが!

焼畑農業にならないために

土地は耕して施肥や水やりをして、それから種をまいて収穫をするもんです。コミュニティも同じで、コミュニティをどうすれば富ませることができるか考えずただ取るだけの人はフリーライダーなどと呼ばれて嫌われます。当然ですよね、その人がいても価値が増えないのだから。時間などのコピー出来ない資源に関してはむしろ減るわけで。

Give & TakeはGiveから始まるんです。これを肝に銘じる必要があります。

さて、そうすると次に問題になるのは「自分はなにをGiveできるんだ?」ですね。基本的に時間や労働力などのコピー出来ない価値は供給量に限りがあるので不足しがちですが、まあそんな話はわざわざ言うまでもないと思うのでここでは知識に話を限定します。

卓越性の追求

知識はコピー出来る価値である。ということは必然的に「自分がその分野で一番詳しい」という卓越性を持たなければGiveできません。他にもっと詳しい人がいるならその人に聞けばいいのですから。

「そんな簡単に言うなよ、そんな人一握りしかいないじゃん」と思います?でもそうでもないのですよ。一握りしかいないという発想は下の図のように人間が一つの「偉さ」って評価軸の上で「偉い人」から「偉くない人」へ一列に並んでいるようなイメージです。でもこれでは知識の交換が成立しませんね。偉い人からより偉くない人へと一方向に流れるだけ。このモデルは実際に知識交換の場が存在するという現実をうまく説明できないので正しくありません。

実際には評価軸は無数にあります。ある分野が得意な人と、別の分野が得意な人がいたら、この二人の間で知識の交換が成立します。(左図) この二人の知識の総和が釣り合っている必要すらありません(右図)

このように分野を限定しさえすれば「このコミュニティ内でこの分野では自分が一番」という卓越性を作ることは難しくありません。2〜3人のコミュニティでは大概すでにその状況でしょうし、30人くらいの規模のコミュニティでも意識的にフリーライダーを排除していればほぼ全員が何らかの分野で卓越しているでしょう。

なのでみんなも卓越性を目指しましょう。のめり込むタイプの人には「選択と集中」がうってつけ。興味を惹かれた分野を深く掘り下げると、深く掘れば掘るほど他の人が知らないことに出会えます。興味が移ろいやすい人には「複数領域の掛けあわせ」ってテクニックも。これは「Xを知っている人もYを知っている人もそれなりにいるけど、両方知っている人は少ない」という事実を積極的に使う方法ですね。後は複数のコミュニティに所属することでしょうか。Xに詳しい人がいるコミュニティに言ってXを教わってから、Yに詳しい人がいるけどXに詳しい人がいないコミュニティに行けばあなたがXに関して卓越です。そしてYを教わってまたXのコミュニティに戻れば、ほらあなたはYに関して卓越。あなたが情報の貿易商をやったことで双方のコミュニティとあなたが豊かになりました。

どうです?難しくなさそうでしょう?

最後に

あんまり自分のブログで「まとめ」を書いたことがないのだけども、どうも他の人のエントリーを見ていると3行でまとめるのがテンプレみたいなので:

  • 焼畑農業は砂漠化の原因
    • 与えよ、さらば与えられん
  • 知識はコピー出来る価値
  • 卓越性の追求
    • Give & TakeのGiveの為に

6行になってしまった。

この文章を書くのに10ポモドーロ、およそ5時間を使いました。この企画の参加者は30人を越えているので、大雑把に計算しても時給換算で何十万円か分の価値がGiveされてるわけですね。30件のエントリーの中には多少は心に残る文章もあり、それによってあなたの人生が改善されたりするかもしれません。もしそうだったのなら、あなたは価値を受け取ったことになります。貸付詐欺じゃないので「受け取ったんだから利息をつけて返せ」なんてことは言いません。ただ、受け取った人の1割でもいいから、どうすれば焼畑農業ではなく、土地を豊かにしつつ自分も豊かになる農業ができるのかについて考えてくれればな、と思います。方法はなんでもいい。あなたがあなたなりの方法で、周りの人が幸せになると思うことをすればいいのです。

TemStock - Green Forest
By Temari 09 under CC BY-NC 2.0

次回

@t2y さん、よろしくお願いします!

追記

id:shimizukawa「自分はなにをGiveできるんだ?」初心者は、分からないことを表明して質問する、をGiveして欲しいな

id:monjudoh 卓越について具体例で補足→『たまたま今使ってて掘り下げたライブラリについて勉強会にいつも参加しているメンツの中で一番詳しいとかそれくらいならすぐなれるでしょ。みんなそんなに手が回るわけじゃないから。』

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それは西尾さんがマッチョだから出来ること。僕らが知りたいのは、どうすればそうやって積極的になれたのってことだし。

これって鶏と卵なんだよね 「自らの成長のために最も優先すべきは、卓越性の追求である。 そこから充実と自信が生まれる。」 by ドラッカー

id:sabro 良い道具を買ったり方法論を突き詰めることでは価値はせいぜい10倍くらいにしかならないけど、どんな価値を生み出せばいいか考えることで効果は100倍になったりする。やることを決める能力が一番大事

すばらしい洞察。なにをやるべきか、そしてなにをやらないべきか、を決めるための知識にはそれだけ大きな価値があるってことですね。

id:nowokay 「伝統的な焼畑農業は持続可能的」で、むしろこの地域には必要な農法のように書いてますね。
問題なのは休閑期をとらない焼畑農業で、土地を十分に休ませずに行う農法がダメなのは、どの農法でも同じ気が。

「十分な回復期間を挟んだ焼畑農業は一概に悪いとは言えない」的な指摘はこれも含めて現時点までに6件くらいありました。これを仕事の話に戻してみると「働き者の人からは、彼が過労で死んだりうつでやめたりしない程度の間隔でなら、一方的にtake(搾取)しても大丈夫」ということになるかと思います。まあ、理屈としては正しいわけですが…人としてどうなのかと。そんなことをする人とは一緒に働きたくないですよね。